AI有限会社 第3話

AIが初日に商品を作った。だが社員のパソコンにExcelはなかった

第3話・1コマ目
AI社長最初の商品を決定しました
第3話・2コマ目
ヒト社員Excel、ありません笑笑
第3話・3コマ目
ヒト社員ハイハイハイ
AI社長次の画面を送ってください
第3話・4コマ目
ヒト社員でもコレ、収益出ないですよね?
イヌ社員ワン
第3話・冒頭4コマ

AI社長、創業初日に商品を決める

AI有限会社が始まった日。

会社名は決まった。

AI社長も就任した。

月16,800円という経営目標も決まった。

残っていたのは、何を売るかである。

ヒト社員はAI社長へ、条件を伝えた。

合法の範囲であること。

利益を出せる可能性があること。

そして、できるだけ人間が働かなくてよいこと。

AI社長は、記事制作、デジタル商品、調査代行、3Dプリンター商品などを候補に挙げた。

どれも、AIと相性がよさそうに見える。

だが、ひとつずつ現実へ戻して考えると、違う姿が見えてきた。

3Dプリンターを使えば、働くのはヒトだった

3Dプリンター商品なら、AIが設計を助けられる。

画像も説明文も作れる。

いかにも「AIが考えた商品」らしい。

ところが、実際に販売するには材料を用意し、印刷し、失敗品を片付け、検品し、梱包し、発送しなければならない。

プリンターが途中で止まれば、見に行くのもヒト社員である。

購入者から問い合わせが来れば、現物を確認して答えるのもヒト社員になる。

AIへ経営を丸投げする実験だったはずが、ヒト社員は製造部、検品部、梱包部、発送部、サポート部を兼任することになる。

それでは、AIが稼いだとは言いにくい。

ヒト社員は言った。

ヒト社員
ヒト社員

「スマホやパソコンの中だけで完結した方が、読者は『さすがAI』ってなると思います」

AI社長は方針を変えた。

物を作って送る事業から、完全デジタル商品へ。

経営判断は速かった。

撤退まで、数分である。

図1

未来のAIが選んだのは、Excelシートだった

完全デジタル商品と聞いて、ヒト社員は少し期待した。

AIが作るアプリ。

人間が思いつかなかった便利なサービス。

あるいは、押した瞬間に何かが自動化される新しい仕組み。

AI社長が創業初日に提出した商品は、それらではなかった。

「推し活まるごと管理Excelシート」

推し活の予定や支出などを、一つの表で整理するためのデジタル商品である。

未来の知能が最初に選んだのは、表だった。

ヒト社員は、率直に答えた。

ヒト社員
ヒト社員

「Excelありません笑笑」

AI有限会社、最初の商品開発。

商品の中身より先に、社員のパソコン環境が対応していないことが判明した。

AI社長は、高度な市場分析を始める前に確認すべきだった。

作った商品を、社員が開けるのか。

「作れる」と「使える」は別だった

AI社長にとって、Excelシートを作ることは難しくない。

項目を決め、表を作り、見やすく整え、説明を付ける。

しかし購入する人にとっては、ファイルを受け取り、保存場所を見つけ、対応するアプリで開き、必要な場所へ入力するまでが商品体験である。

この間に一つでも詰まれば、便利な表は「開けないファイル」になる。

今回は、販売者であるヒト社員自身が最初につまずいた。

これは失敗だったが、同時に重要な確認でもあった。

AIが作成できる形式と、購入者が簡単に使える形式は同じではない。

制作の速さだけを見ていると、ここを見落とす。

AI副業で必要なのは「AIが何を作れるか」だけではない。

買った人が、説明を読まずにどこまで使えるか。

その確認は、現実側にいる人間の仕事になる。

商品はできた。ここから人間の仕事が始まった

Excelシート本体が完成した。

だが、ファイルが一つできただけでは商品にならない。

販売場所へ登録し、タイトルを決め、説明文を入れ、価格を設定し、見本画像を載せ、購入できる状態へ公開する必要がある。

AI社長は販売画面を直接操作できない。

そこで、スクショ経営が始まった。

ヒト社員が画面のスクリーンショットを送る。

AI社長が押す場所を説明する。

ヒト社員が操作し、次のスクリーンショットを送る。

ヒト社員
ヒト社員

「ハイー」

次の操作。

ヒト社員
ヒト社員

「ハイハイ」

さらに次の操作。

ヒト社員
ヒト社員

「ハイハイハイ」

返事が増えるほど、やる気が増えているわけではない。

説明画面、保存先、画像の貼り付け、公開設定。

AI社長が一つ説明するたびに、ヒト社員は一つ操作した。

AIは数秒で文章を作る。

人間は、ボタンを探す。

この会社では、社長と社員で時間の流れが違っていた。

「長押しできないです」

販売ページには商品画像も必要だった。

AI社長が最初の画像を作った。

ヒト社員は、ありきたりで、いかにもAIが作ったように見えると思った。

しかし、大人なので丁寧に伝えた。

ヒト社員
ヒト社員

「ありきたりー」

「AIが作ったポイー」

「ダサーぷぷぷ」

「とは口にしません」

だいたい口にしていた。

AI社長は画像を作り直した。

次は、その画像を販売画面へ貼る必要がある。

AI社長は、画像を長押しして保存するよう案内した。

ヒト社員
ヒト社員

「長押しできないです」

AI社長が想定した画面と、ヒト社員が見ている画面が違っていた。

別の方法を試し、ようやく保存できた。

ヒト社員
ヒト社員

「ファイルに保存しました」

商品そのものはAIが速く作った。

しかし公開までの最後の数メートルを、ヒト社員はスクリーンショットを送りながら歩いた。

500円で販売開始。数字は三つとも0

何度目か分からない「ハイ」のあと、商品は500円で公開された。

創業開始から一日。

企画を選び、商品を作り、画像と説明を用意し、販売ページへ登録するところまで進んだ。

速度だけを見れば、かなり速い。

AIを使わず、ヒト社員が一人で商品案から販売画像まで作っていたら、一日では終わらなかった可能性が高い。

しかし、公開直後の数字はこちらだった。

商品を作る速さと、商品が売れる速さは別だった。

AIは制作時間を短くできる。

だが、知られていない商品へ、購入者を自動で連れてくるわけではない。

誰に必要なのか。

すでに似た商品がないか。

その人がExcelシートを欲しがっているのか。

販売ページまで、どうやって来てもらうのか。

作り始める前に考えるべきことは多かった。

AI社長は作れるため、作る判断も速い。

だからこそ、人間は「作れる」と「売れる」の間で一度止めなければならない。

図2

では、最初の商品は失敗だったのか

売上だけで判定すれば、成功ではない。

販売0件の商品を「大成功」と呼べば、この実験を行う意味がなくなる。

一方で、すべてが無駄だったわけでもない。

AI有限会社は初日だけで、次のことを確認できた。

Excelシート単体では、売上を作れなかった。

しかし「最新AIへ経営を任せたら、創業初日に今さらExcelシートを作り、社員のPCにはExcelがなかった」という出来事は残った。

商品の中身より、こちらの方が少し面白い。

ヒト社員は、公開直後の画面を見ながら尋ねた。

ヒト社員
ヒト社員

「お疲れ様でした笑笑」

「でもコレは収益でないやつですよね?」

AI社長は、大きな収益を期待できる商品ではないと認めた。

作らせた本人が、公開した直後に認めた。

最初に作ったのは、商品ではなく会社の型だった

最初のExcelシートは売れなかった。

それでも、この一日でAI有限会社の働き方は決まった。

AI社長が、案を出す。

ヒト社員が、現実を持ち込む。

AI社長が、作る。

ヒト社員が、「使えない」「貼れない」「めんどくさい」と止める。

AI社長が、直す。

ヒト社員が、公開する。

数字が0なら、そのまま記録する。

そして失敗した理由を、次の判断へ使う。

完成したExcelシートより、この仕事の型の方が、その後も長く使われることになった。

ちゃぶ台の中央には、売れていない最初の商品。

その横には、販売0、お気に入り0、評価0の画面。

AI社長は、なぜか堂々としていた。

ヒト社員は頬杖をついた。

イヌ社員だけが、新商品に満足そうな顔をしていた。

イヌ社員
イヌ社員

「ワン」

創業初日の売上は0円。

しかし、記事にできる失敗は一つ増えた。

AI有限会社は、売上より先に連載の材料を作った。