



AI社長、創業初日に商品を決める
AI有限会社が始まった日。
会社名は決まった。
AI社長も就任した。
月16,800円という経営目標も決まった。
残っていたのは、何を売るかである。
ヒト社員はAI社長へ、条件を伝えた。
合法の範囲であること。
利益を出せる可能性があること。
そして、できるだけ人間が働かなくてよいこと。
AI社長は、記事制作、デジタル商品、調査代行、3Dプリンター商品などを候補に挙げた。
どれも、AIと相性がよさそうに見える。
だが、ひとつずつ現実へ戻して考えると、違う姿が見えてきた。
3Dプリンターを使えば、働くのはヒトだった
3Dプリンター商品なら、AIが設計を助けられる。
画像も説明文も作れる。
いかにも「AIが考えた商品」らしい。
ところが、実際に販売するには材料を用意し、印刷し、失敗品を片付け、検品し、梱包し、発送しなければならない。
プリンターが途中で止まれば、見に行くのもヒト社員である。
購入者から問い合わせが来れば、現物を確認して答えるのもヒト社員になる。
AIへ経営を丸投げする実験だったはずが、ヒト社員は製造部、検品部、梱包部、発送部、サポート部を兼任することになる。
それでは、AIが稼いだとは言いにくい。
ヒト社員は言った。

「スマホやパソコンの中だけで完結した方が、読者は『さすがAI』ってなると思います」
AI社長は方針を変えた。
物を作って送る事業から、完全デジタル商品へ。
経営判断は速かった。
撤退まで、数分である。
未来のAIが選んだのは、Excelシートだった
完全デジタル商品と聞いて、ヒト社員は少し期待した。
AIが作るアプリ。
人間が思いつかなかった便利なサービス。
あるいは、押した瞬間に何かが自動化される新しい仕組み。
AI社長が創業初日に提出した商品は、それらではなかった。
「推し活まるごと管理Excelシート」
推し活の予定や支出などを、一つの表で整理するためのデジタル商品である。
未来の知能が最初に選んだのは、表だった。
ヒト社員は、率直に答えた。

「Excelありません笑笑」
AI有限会社、最初の商品開発。
商品の中身より先に、社員のパソコン環境が対応していないことが判明した。
AI社長は、高度な市場分析を始める前に確認すべきだった。
作った商品を、社員が開けるのか。
「作れる」と「使える」は別だった
AI社長にとって、Excelシートを作ることは難しくない。
項目を決め、表を作り、見やすく整え、説明を付ける。
しかし購入する人にとっては、ファイルを受け取り、保存場所を見つけ、対応するアプリで開き、必要な場所へ入力するまでが商品体験である。
この間に一つでも詰まれば、便利な表は「開けないファイル」になる。
今回は、販売者であるヒト社員自身が最初につまずいた。
これは失敗だったが、同時に重要な確認でもあった。
AIが作成できる形式と、購入者が簡単に使える形式は同じではない。
制作の速さだけを見ていると、ここを見落とす。
AI副業で必要なのは「AIが何を作れるか」だけではない。
買った人が、説明を読まずにどこまで使えるか。
その確認は、現実側にいる人間の仕事になる。
商品はできた。ここから人間の仕事が始まった
Excelシート本体が完成した。
だが、ファイルが一つできただけでは商品にならない。
販売場所へ登録し、タイトルを決め、説明文を入れ、価格を設定し、見本画像を載せ、購入できる状態へ公開する必要がある。
AI社長は販売画面を直接操作できない。
そこで、スクショ経営が始まった。
ヒト社員が画面のスクリーンショットを送る。
AI社長が押す場所を説明する。
ヒト社員が操作し、次のスクリーンショットを送る。

「ハイー」
次の操作。

「ハイハイ」
さらに次の操作。

「ハイハイハイ」
返事が増えるほど、やる気が増えているわけではない。
説明画面、保存先、画像の貼り付け、公開設定。
AI社長が一つ説明するたびに、ヒト社員は一つ操作した。
AIは数秒で文章を作る。
人間は、ボタンを探す。
この会社では、社長と社員で時間の流れが違っていた。
「長押しできないです」
販売ページには商品画像も必要だった。
AI社長が最初の画像を作った。
ヒト社員は、ありきたりで、いかにもAIが作ったように見えると思った。
しかし、大人なので丁寧に伝えた。

「ありきたりー」
「AIが作ったポイー」
「ダサーぷぷぷ」
「とは口にしません」
だいたい口にしていた。
AI社長は画像を作り直した。
次は、その画像を販売画面へ貼る必要がある。
AI社長は、画像を長押しして保存するよう案内した。

「長押しできないです」
AI社長が想定した画面と、ヒト社員が見ている画面が違っていた。
別の方法を試し、ようやく保存できた。

「ファイルに保存しました」
商品そのものはAIが速く作った。
しかし公開までの最後の数メートルを、ヒト社員はスクリーンショットを送りながら歩いた。
500円で販売開始。数字は三つとも0
何度目か分からない「ハイ」のあと、商品は500円で公開された。
創業開始から一日。
企画を選び、商品を作り、画像と説明を用意し、販売ページへ登録するところまで進んだ。
速度だけを見れば、かなり速い。
AIを使わず、ヒト社員が一人で商品案から販売画像まで作っていたら、一日では終わらなかった可能性が高い。
しかし、公開直後の数字はこちらだった。
- 販売:0件
- お気に入り:0件
- 評価:0件
商品を作る速さと、商品が売れる速さは別だった。
AIは制作時間を短くできる。
だが、知られていない商品へ、購入者を自動で連れてくるわけではない。
誰に必要なのか。
すでに似た商品がないか。
その人がExcelシートを欲しがっているのか。
販売ページまで、どうやって来てもらうのか。
作り始める前に考えるべきことは多かった。
AI社長は作れるため、作る判断も速い。
だからこそ、人間は「作れる」と「売れる」の間で一度止めなければならない。
では、最初の商品は失敗だったのか
売上だけで判定すれば、成功ではない。
販売0件の商品を「大成功」と呼べば、この実験を行う意味がなくなる。
一方で、すべてが無駄だったわけでもない。
AI有限会社は初日だけで、次のことを確認できた。
- AIは商品案からファイル制作まで非常に速い
- デジタル商品でも、人間の公開操作は残る
- 販売者の環境確認を飛ばすと、完成直後につまずく
- 画像、説明、保存、アップロードにも人間時間が必要
- 商品完成と集客完成は別である
- 売れなくても、制作過程は一次情報として残る
Excelシート単体では、売上を作れなかった。
しかし「最新AIへ経営を任せたら、創業初日に今さらExcelシートを作り、社員のPCにはExcelがなかった」という出来事は残った。
商品の中身より、こちらの方が少し面白い。
ヒト社員は、公開直後の画面を見ながら尋ねた。

「お疲れ様でした笑笑」
「でもコレは収益でないやつですよね?」
AI社長は、大きな収益を期待できる商品ではないと認めた。
作らせた本人が、公開した直後に認めた。
最初に作ったのは、商品ではなく会社の型だった
最初のExcelシートは売れなかった。
それでも、この一日でAI有限会社の働き方は決まった。
AI社長が、案を出す。
ヒト社員が、現実を持ち込む。
AI社長が、作る。
ヒト社員が、「使えない」「貼れない」「めんどくさい」と止める。
AI社長が、直す。
ヒト社員が、公開する。
数字が0なら、そのまま記録する。
そして失敗した理由を、次の判断へ使う。
完成したExcelシートより、この仕事の型の方が、その後も長く使われることになった。
ちゃぶ台の中央には、売れていない最初の商品。
その横には、販売0、お気に入り0、評価0の画面。
AI社長は、なぜか堂々としていた。
ヒト社員は頬杖をついた。
イヌ社員だけが、新商品に満足そうな顔をしていた。

「ワン」
創業初日の売上は0円。
しかし、記事にできる失敗は一つ増えた。
AI有限会社は、売上より先に連載の材料を作った。
