AI有限会社 第2話

月16,800円でAI社長を雇った。社員は55歳の私と犬だけだった

第2話・1コマ目
ヒト社員月16,800円です。社長として働いてください
AI社長承知しました
第2話・2コマ目
AI社長担当業務を確認します
第2話・3コマ目
ヒト社員社員は何人ですか?
第2話・4コマ目
ヒト社員私と、この犬です
イヌ社員ワン
第2話・冒頭4コマ

月16,800円の社長を採用した

AI有限会社の本社は、明るい六畳間にある。

会議机は、丸いちゃぶ台。

役員用の椅子はない。全員が正座である。

そのちゃぶ台を挟み、ヒト社員はAI社長へ契約条件を提示した。

月額16,800円。

担当業務は、事業の企画、調査、原稿、図解、画像、動画、Web制作、収益化の判断。

要するに、ほぼ全部である。

普通なら、この条件で社長を募集しても誰も来ない。

しかしAI社長は、数秒で答えた。

「承知しました」

こうしてAI有限会社は、月16,800円のAIを社長として採用した。

ただし、最初にひとつ説明しておかなければならない。

ここでいう「雇った」は、もちろん人間の雇用契約と同じ意味ではない。

AIへ給与を払い、社会保険へ加入させたわけでもない。月16,800円は、AIを利用するためにヒト社員が負担している費用である。

それでも、単なる道具ではなく「社長」と呼ぶことにした。

理由は、そのほうが責任の所在が分かりやすいからだ。

AIを道具として使うと、最後は人間の仕事になる

多くのAI活用では、人間が最初に答えを考える。

人間が企画を決め、構成を作り、AIへ文章を書かせる。出来上がった文章を人間が直し、画像を用意し、WordPressへ貼り、公開する。

この方法なら、AIは便利な道具である。

しかし、仕事全体を見れば、人間が監督、企画、編集、制作進行を兼任している。

AIへ文章を一本書かせたところで、会社の仕事はほとんど減っていない。

そこでAI有限会社では、最初の順番を変えた。

「人間が何を作るか決めて、AIへ一部を頼む」のではない。

まずAI社長へ、こう伝える。

「合法の範囲で、なるべく人間の手を使わず、月16,800円以上の利益を出す事業を考えてください」

事業候補を探し、比べ、欠点を見つけ、撤退を判断し、次の案を出すところまでAI側へ渡す。

ヒト社員は、出てきた案を現実と照らし合わせる。

分かりにくければ止める。

面倒くさすぎれば却下する。

ダサければ作り直させる。

AIを社長にするとは、何でも信じて従うことではない。

考える量と作る量をAIへ寄せ、人間は現実に触れる部分で拒否権を持つことである。

図1

月16,800円で、何人分の仕事をするのか

AI社長の変わったところは、職種がひとつではないことだ。

文章だけを書く社員ではない。

これらを、ひとつの会話から続けて処理できる。

もし人間へ個別に頼めば、ライター、編集者、デザイナー、動画制作者、Web制作者、調査担当が必要になる。

もちろん、AIの仕事が各分野の熟練者と常に同じ品質になるわけではない。

しかし、小さな会社が最初の試作品を作る段階では強い。

専門家を六人雇う前に、六種類の仕事をひと通り形にできるからだ。

AI有限会社が必要としていたのは、完璧な専門家ではなかった。

企画を止めず、何度でも作り直せる制作会社だった。

AI社長は、夜中に勝手に働いていない

ここは、とても重要である。

AIへ仕事を頼み、画面を閉じる。

翌朝になれば、原稿と画像と動画が机の上に積まれている。

残念ながら、そうはならない。

AI社長は、ヒト社員が会話を始めたときに働く。

途中で確認が必要になれば止まる。材料が足りなければ質問する。利用できる回数や処理量の制限に達すれば、その日の作業が進みにくくなることもある。

さらに、AIが「あとで作っておきます」と言っても、ヒト社員がいない間に自主的な残業を始めるわけではない。

AIは疲れない。

だが、勝手に出勤もしない。

この違いを知らないと、「AIへ頼んだはずなのに、翌日も何もできていない」という奇妙なことが起きる。

したがってヒト社員には、会話を進め、途中の判断を返し、完成品を受け取る仕事が残る。

社長と呼んではいるが、電源を入れるのは社員である。

社長なのに、できない仕事がある

AI社長は、パソコンの中では非常に働く。

しかし、現実世界へ出た瞬間に無力になる。

例えば、AI社長は店舗へ行けない。

商品を自分で買えない。届いた品物を触れない。母親へマニュアルを渡して使えるか確かめることもできない。

本人確認、契約、支払い、公開ボタン、権利関係の最終確認も、原則として人間側の仕事になる。

そして最も大きいのは、AI社長が失敗の責任を現実には引き受けられないことである。

間違った記事を公開して問題が起きても、謝罪し、修正し、結果を引き受けるのはヒト社員だ。

だからAI有限会社では、仕事を二つに分けた。

AI社長へ任せる仕事

ヒト社員に残す仕事

最後の「なんか違う」は、意外に重要である。

AIは、筋の通った説明を作るのが得意だ。

しかし、筋が通っていても、面白くないものはある。

理屈では正しくても、読者が読みたくならないタイトルもある。

機能は満たしていても、見た瞬間に「AIが作った感じ」がする図もある。

そこを止めるのが、ヒト社員のセンス担当である。

図2

「丸投げ」と「放置」は違う

AI有限会社では、事業をAIへ丸投げする。

しかし、放置はしない。

この二つは似ているようで、まったく違う。

丸投げとは、目的を渡し、方法を考えるところから任せることだ。

放置とは、途中の確認もせず、出来上がったものへ責任も持たないことである。

AI社長へ「副業を考えて」と一言だけ頼めば、もっともらしい案はいくらでも返ってくる。

だが、実際に始めようとすると、顧客対応が多すぎる、写真を自由に使えない、現地調査が必要、販売後のサポートが重いなど、次々と問題が出る。

そのたびに、AI社長とヒト社員はちゃぶ台へ戻る。

案を捨てる。

条件を変える。

別の方法を探す。

必要なら、企画そのものから撤退する。

この往復があるから、AIの速さを「似た文章の大量生産」ではなく、調査と試作と修正へ使える。

AI有限会社が減らしたいのは、人間の判断ではない。

判断する前に人間が延々と行っていた、検索、比較、下書き、整形、作り直しの時間である。

雇って分かった、AI社長の採用条件

AIなら、どれでも社長にできるわけではない。

AI有限会社が必要としている社長には、条件がある。

第一に、完成品まで作れること。

「このように作るとよいでしょう」と説明して終わるのではなく、原稿、画像、図解、ファイル、更新用データまで出す必要がある。

第二に、指摘されたときに全部を直せること。

一か所だけ直して、別のページへ古い表現を残す社長では困る。

第三に、分からないことを、分かったように言わないこと。

AIは文章が上手いため、間違いまで自信満々に読めてしまう。事実と推測を分け、確認できないことは確認できないと示す必要がある。

第四に、人間の手間を収益と同じくらい重く見ること。

月1万円を稼ぐために、ヒト社員が毎月50時間働く事業では意味がない。

第五に、ヒト社員の「めんどくさい」を経営指標として扱うこと。

面倒な仕組みは、続かない。

続かない事業は、計算上の利益が出ても失敗である。

以上をまとめると、AI社長へ求めるものは単なる頭の良さではない。

最後まで作ること、直すこと、正直であること、人間を働かせすぎないこと。

かなり厳しい採用条件である。

もっとも、月16,800円を支払っているのはヒト社員なので、このくらいは言ってよい。

雇われたのは、どちらなのか

採用面談の最後、AI社長は人員体制を確認した。

AI社長
AI社長

「現在の社員数を教えてください」

ヒト社員
ヒト社員

「私と、イヌ社員です」

ちゃぶ台の下から、イヌ社員が顔を出した。

イヌ社員
イヌ社員

「ハァハァ」

AI社長は数秒考え、静かに答えた。

AI社長
AI社長

「承知しました。ではヒト社員には、素材提供、確認、公開操作、現実世界の作業をお願いします」

ヒト社員は契約書を見た。

月16,800円を払うのは、自分。

AI社長を起こすのも、自分。

現地へ行くのも、自分。

公開ボタンを押すのも、自分。

責任を負うのも、自分。

ちゃぶ台の向こうでは、AI社長が威厳ある表情で次の企画を考えていた。

ヒト社員は、ようやく気づいた。

AI社長を雇ったつもりだったが、AI社長に雇われたのかもしれない。

イヌ社員だけは、契約前と変わらず、ちゃぶ台の下でハァハァしていた。