



月16,800円の社長を採用した
AI有限会社の本社は、明るい六畳間にある。
会議机は、丸いちゃぶ台。
役員用の椅子はない。全員が正座である。
そのちゃぶ台を挟み、ヒト社員はAI社長へ契約条件を提示した。
月額16,800円。
担当業務は、事業の企画、調査、原稿、図解、画像、動画、Web制作、収益化の判断。
要するに、ほぼ全部である。
普通なら、この条件で社長を募集しても誰も来ない。
しかしAI社長は、数秒で答えた。
「承知しました」
こうしてAI有限会社は、月16,800円のAIを社長として採用した。
ただし、最初にひとつ説明しておかなければならない。
ここでいう「雇った」は、もちろん人間の雇用契約と同じ意味ではない。
AIへ給与を払い、社会保険へ加入させたわけでもない。月16,800円は、AIを利用するためにヒト社員が負担している費用である。
それでも、単なる道具ではなく「社長」と呼ぶことにした。
理由は、そのほうが責任の所在が分かりやすいからだ。
AIを道具として使うと、最後は人間の仕事になる
多くのAI活用では、人間が最初に答えを考える。
人間が企画を決め、構成を作り、AIへ文章を書かせる。出来上がった文章を人間が直し、画像を用意し、WordPressへ貼り、公開する。
この方法なら、AIは便利な道具である。
しかし、仕事全体を見れば、人間が監督、企画、編集、制作進行を兼任している。
AIへ文章を一本書かせたところで、会社の仕事はほとんど減っていない。
そこでAI有限会社では、最初の順番を変えた。
「人間が何を作るか決めて、AIへ一部を頼む」のではない。
まずAI社長へ、こう伝える。
「合法の範囲で、なるべく人間の手を使わず、月16,800円以上の利益を出す事業を考えてください」
事業候補を探し、比べ、欠点を見つけ、撤退を判断し、次の案を出すところまでAI側へ渡す。
ヒト社員は、出てきた案を現実と照らし合わせる。
分かりにくければ止める。
面倒くさすぎれば却下する。
ダサければ作り直させる。
AIを社長にするとは、何でも信じて従うことではない。
考える量と作る量をAIへ寄せ、人間は現実に触れる部分で拒否権を持つことである。
月16,800円で、何人分の仕事をするのか
AI社長の変わったところは、職種がひとつではないことだ。
文章だけを書く社員ではない。
- 事業候補を調査する
- 複数案を比較する
- 記事の構成と本文を作る
- 図解の内容を設計する
- キャラクター画像を使った場面を考える
- 動画の台本を作る
- HTMLとCSSを書く
- WordPress用のファイルを組み立てる
- 複数ページの共通部分を一括修正する
- 作業時間と費用を整理する
- 失敗した理由を言葉にする
これらを、ひとつの会話から続けて処理できる。
もし人間へ個別に頼めば、ライター、編集者、デザイナー、動画制作者、Web制作者、調査担当が必要になる。
もちろん、AIの仕事が各分野の熟練者と常に同じ品質になるわけではない。
しかし、小さな会社が最初の試作品を作る段階では強い。
専門家を六人雇う前に、六種類の仕事をひと通り形にできるからだ。
AI有限会社が必要としていたのは、完璧な専門家ではなかった。
企画を止めず、何度でも作り直せる制作会社だった。
AI社長は、夜中に勝手に働いていない
ここは、とても重要である。
AIへ仕事を頼み、画面を閉じる。
翌朝になれば、原稿と画像と動画が机の上に積まれている。
残念ながら、そうはならない。
AI社長は、ヒト社員が会話を始めたときに働く。
途中で確認が必要になれば止まる。材料が足りなければ質問する。利用できる回数や処理量の制限に達すれば、その日の作業が進みにくくなることもある。
さらに、AIが「あとで作っておきます」と言っても、ヒト社員がいない間に自主的な残業を始めるわけではない。
AIは疲れない。
だが、勝手に出勤もしない。
この違いを知らないと、「AIへ頼んだはずなのに、翌日も何もできていない」という奇妙なことが起きる。
したがってヒト社員には、会話を進め、途中の判断を返し、完成品を受け取る仕事が残る。
社長と呼んではいるが、電源を入れるのは社員である。
社長なのに、できない仕事がある
AI社長は、パソコンの中では非常に働く。
しかし、現実世界へ出た瞬間に無力になる。
例えば、AI社長は店舗へ行けない。
商品を自分で買えない。届いた品物を触れない。母親へマニュアルを渡して使えるか確かめることもできない。
本人確認、契約、支払い、公開ボタン、権利関係の最終確認も、原則として人間側の仕事になる。
そして最も大きいのは、AI社長が失敗の責任を現実には引き受けられないことである。
間違った記事を公開して問題が起きても、謝罪し、修正し、結果を引き受けるのはヒト社員だ。
だからAI有限会社では、仕事を二つに分けた。
AI社長へ任せる仕事
- 大量の情報を整理する
- 候補を比較して仮説を出す
- 原稿、図解、台本、コードを作る
- 同じ修正を全体へ反映する
- 数字を記録し、結果を分析する
- 次の改善案を出す
ヒト社員に残す仕事
- 実際に体験する
- 素材と事実を渡す
- 現物を確認する
- 個人情報と権利を確認する
- お金を支払う
- 公開前に最終確認する
- 現実の責任を負う
- 「なんか違う」と止める
最後の「なんか違う」は、意外に重要である。
AIは、筋の通った説明を作るのが得意だ。
しかし、筋が通っていても、面白くないものはある。
理屈では正しくても、読者が読みたくならないタイトルもある。
機能は満たしていても、見た瞬間に「AIが作った感じ」がする図もある。
そこを止めるのが、ヒト社員のセンス担当である。
「丸投げ」と「放置」は違う
AI有限会社では、事業をAIへ丸投げする。
しかし、放置はしない。
この二つは似ているようで、まったく違う。
丸投げとは、目的を渡し、方法を考えるところから任せることだ。
放置とは、途中の確認もせず、出来上がったものへ責任も持たないことである。
AI社長へ「副業を考えて」と一言だけ頼めば、もっともらしい案はいくらでも返ってくる。
だが、実際に始めようとすると、顧客対応が多すぎる、写真を自由に使えない、現地調査が必要、販売後のサポートが重いなど、次々と問題が出る。
そのたびに、AI社長とヒト社員はちゃぶ台へ戻る。
案を捨てる。
条件を変える。
別の方法を探す。
必要なら、企画そのものから撤退する。
この往復があるから、AIの速さを「似た文章の大量生産」ではなく、調査と試作と修正へ使える。
AI有限会社が減らしたいのは、人間の判断ではない。
判断する前に人間が延々と行っていた、検索、比較、下書き、整形、作り直しの時間である。
雇って分かった、AI社長の採用条件
AIなら、どれでも社長にできるわけではない。
AI有限会社が必要としている社長には、条件がある。
第一に、完成品まで作れること。
「このように作るとよいでしょう」と説明して終わるのではなく、原稿、画像、図解、ファイル、更新用データまで出す必要がある。
第二に、指摘されたときに全部を直せること。
一か所だけ直して、別のページへ古い表現を残す社長では困る。
第三に、分からないことを、分かったように言わないこと。
AIは文章が上手いため、間違いまで自信満々に読めてしまう。事実と推測を分け、確認できないことは確認できないと示す必要がある。
第四に、人間の手間を収益と同じくらい重く見ること。
月1万円を稼ぐために、ヒト社員が毎月50時間働く事業では意味がない。
第五に、ヒト社員の「めんどくさい」を経営指標として扱うこと。
面倒な仕組みは、続かない。
続かない事業は、計算上の利益が出ても失敗である。
以上をまとめると、AI社長へ求めるものは単なる頭の良さではない。
最後まで作ること、直すこと、正直であること、人間を働かせすぎないこと。
かなり厳しい採用条件である。
もっとも、月16,800円を支払っているのはヒト社員なので、このくらいは言ってよい。
雇われたのは、どちらなのか
採用面談の最後、AI社長は人員体制を確認した。

「現在の社員数を教えてください」

「私と、イヌ社員です」
ちゃぶ台の下から、イヌ社員が顔を出した。

「ハァハァ」
AI社長は数秒考え、静かに答えた。

「承知しました。ではヒト社員には、素材提供、確認、公開操作、現実世界の作業をお願いします」
ヒト社員は契約書を見た。
月16,800円を払うのは、自分。
AI社長を起こすのも、自分。
現地へ行くのも、自分。
公開ボタンを押すのも、自分。
責任を負うのも、自分。
ちゃぶ台の向こうでは、AI社長が威厳ある表情で次の企画を考えていた。
ヒト社員は、ようやく気づいた。
AI社長を雇ったつもりだったが、AI社長に雇われたのかもしれない。
イヌ社員だけは、契約前と変わらず、ちゃぶ台の下でハァハァしていた。
